6、正常化の偏見と認知不協和


防災教育の目的は言うまでもなく命を守る事です。実際に災害が起こった時に命を守れるかどうかは、肝心な時に逃げられるかどうかにかかっています。したがって、いくら防災の教育を受けて知識があったとしても、肝心な時に逃げずに命を落としてしまうのであればそれは防災教育として失敗です。肝心な時に逃げられるようになるには、防災教育によって防災意識を高め、災害の時に判断や決断が正しく行えるかどうかが重要です。

その判断や決断を行う時に理解しておいて欲しい事が2つあります。

一つは「人は自分の死を前提にものを考えられない特性がある」という事です。具体的な話として、津波常襲地域において実際に地震があった後に、住民に対して実施されたアンケートの結果があります。「地震の後、津波が来るかもしれない事を思い浮かべましたか?」という質問には87%が思い浮かべたという回答をしました。さらに、「実際に津波は来ると思ったか?」という質問に対しては63%が来るかもしれないと思ったと回答しました。しかし次の質問では大きく結果が異なります。それは「自分の身に危険が及ぶと思ったか?」という質問には29%の住民が「自分の身に危険が及ぶと思った」と答えました。これはよく言われるところの「正常化の偏見」という心理状態で人間を行動に移させない非常に基本的な要因の一つです。自分は関係ないと思った方は次の質問を考えてみてください。

「今ここで阪神大震災級の震度7の揺れがあったとします、皆さん1分後に何をしていますか?」

この質問に対して、多くの人は「机の下に入って揺れがおさまるのを待つ」と答えます。落下物を避けるという意味では正しい行動でしょう。続けて「5分後には何をしていますか?」と聞くと「建物から出て安全なところに避難する」と答えます。さらに「10分後は何をしていますか?」と聞くと「瓦礫の下に埋まっている人を救出している」という答えが返ってきます。

気がついた方もおられると思いますが、誰一人「自分が瓦礫の下に埋まっている」と答える人はいません。

人間は自分が死ぬという思考を極力避けて生きているのです。人は人生において何度か死を意識する時があります。それは大きな病気をしたとき、事故にあったときや、不幸な事以外では、子どもが産まれた時に、この子が大きくなるまで生きているだろうか、と考えて、万一の備え保険を契約するような事もあると思います。しかし、災害が起きて避難指示が出ても誰一人として「自分が死ぬ」と想定が出来ないのです。

二つ目は「認知不協和」という事があります。簡単に言い換えると「わかっちゃいるけど・・・」という事です。例えば、試験前に勉強しないといけないのがわかっているけれども出来なかったりすることです。津波常襲地域において警報が出たときは逃げなければいけない事を住民はみんな分かっています。しかしいざという時に「今がそのとき」と思えない。「頭ではわかっているけど行動がともなっていないという状況」がたくさん出てくるわけです。そういう状況で人間がどういう行動を取るかというと、「逃げない自分を正当化する理由」を探します。その理由は簡単に見つかります。それは過去に警報が出て避難勧告があったときに津波が来なかった。あるいは隣の家の人は逃げていないとか、どんな理由でさえ自分の行動を正当化する理由を探すように人間は出来ているのです。そして正当化する理由が1つでも見つかればもう逃げない事になってしまう。

まとめると、住民は「正常化の偏見」によって逃げない、そして情報収集に走る、その間避難が遅れる。そして避難しない自分を正当化する理由を探すと簡単に見つかる。このように心理的にガチガチに固められてしまって結局逃げられないという事になります。肝心な時に判断や決断が正しく行えるように、こういった人間の特性をしっかりと理解しておく事が、防災意識の高めていくには必要です。

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